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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)16号 判決

東京都墨田区業平二丁目九番一三号

控訴人

長棟富美子

右訴訟代理人弁護士

梅沢秀次

神保国男

東京都墨田区業平一丁目七番二号

被控訴人

本所税務署長

橋本健

右指定代理人

松沢智

須藤哲郎

磯喜義

宮崎宏望

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四一年一一月三〇日付でなした控訴人の昭和四〇年度分所得金額一三一万五、九〇三円とする更正処分のうち所得金額八一万五、九〇三円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二、主張、証拠

当事者双方の主張および証拠は、左に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

別紙「控訴人の主張」記載のとおり。

二、被控訴人の主張

別紙「被控訴人の主張」記載のとおり。

三、証拠

控訴代理人は、甲第三号証の一、二、同第四号証から第六号証までを提出し、乙第四号証の一から三までの成立は知らない、と述べた。

被控訴人指定代理人は、乙第四号証の一から三までを提出し、甲第三号証の一、二、同第四号証の成立は知らない、同第五、六号証の成立は認める、と述べた。

理由

一、当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌しても、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、左記を付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

(一)  国税庁長官の基本通達は、一般的な基準を与えることにより、法律の解釈をできるかぎり統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の処理の円滑を図るとともに、その取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、裁判所が法令解釈、事実認定をなすに当つて一応の参考資料となるものにすぎない。

およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付口数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を総合勘案して判定すべきものであつて、国税庁長官の発した昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に該当する事実があるからといつて、そのことのみから直ちに事業所得に該当するものと判定することは、相当でない。

ところで、控訴人は、夫の長棟至元が代表取締役をしていた小河内観光に対してだけではなく、夫の長棟至元に対しても金銭を貸付けてその主張のごとき利息を得た旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そして、成立に争のない甲第五、六号証、乙第一号証から第三号証まで、原審証人藤好光博、同高橋堅二、同長棟至元の各証言を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、次の事実を認めることができる。

控訴人の夫長棟至元は、小河内観光の最大の株主であつた。小河内観光は、控訴人が貸付をした当時経営状態が悪く、銀行から融資を受けることは困難であつたが、控訴人は、物的担保の設定を受けず、かつ保証人を立てることもしないで貸付けた。高橋堅二は合同印刷株式会社の経理担当者であり、高橋睦子は同人の妻で、控訴人の夫長棟至元が同会社に賃貸している建物の管理人であつて、長棟至元が高橋睦子に支払つた給与は、同人の同建物賃貸による不動産所得計算上の必要経費として控除されている。控訴人は、金融業の届出をしておらず、昭和三九年度および四〇年度において、小河内観光に対する貸付金の利息収入を雑所得として申告している。

以上の事実を、原判決の認定した事実に加えて検討すると、控訴人の本件資金貸付行為は、所得税法上の事業に該当しないものと解するのが相当である。

(二)  控訴人が小河内観光に対する債権を放棄または免除した事実を認めるに足りる証拠はない。

二、そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 田中良二 裁判官 川添万夫)

控訴人の主張

第一、本件金銭貸付行為は所得税法上の事業である

原判決は「資金の貸付行為が所得税法上の事業に該当するかどうかは‥‥同法が事業所得と雑所得とを区別して取扱うこととしている法意と社会通念に照らしてその営利性、継続性および独立性の有無により、すなわち具体的には利息の多寡、貸付の口数、相手方との関係、貸付の頻度、金額の大小、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、利息収入の総所得において占める割合、人的および物的設備の有無、規模、貸付宣伝広告の状況等諸般の事情を総合判断することによつて決定すべきである。」とするので右諸点から控訴人の貸付業務の内容を検討すると次のとおりとなる。

一、控訴人は小河内観光開発株式会社に対して次のとおり金員を貸付けた。貸付資金は全額中央信用金庫駒形支店からの借入れによるものである。

1 昭和三七年五月一五日 金二、〇〇〇、〇〇〇円 利率日歩二銭二厘

(但し同年二月一三日以降は、日歩三銭)

2 昭和三八年二月二六日 金二、〇〇〇、〇〇〇円 利率日歩三銭

3 同年一〇月一日 金 五〇〇、〇〇〇円 右同

4 昭和三九年四月二七日 金一、〇〇〇、〇〇〇円 右同

右貸付金の回収は3の金五〇〇、〇〇〇円の返済を受けたのみで他は未回収となつた。

二、控訴人は右貸付金による利息として昭和三七年五月一五日から昭和三九年七月四日までに五〇回にわたり計金八二五、五九〇円の支払を受けた(この詳細は昭和四三年五月六日付原告準備書面記載のとおりである)。

その他長棟至元に対しても金銭の貸付をして利息を得ており利息収入の総所得に対する割合は次のとおりであつた。

年度 利息収入 総所得金額 比率

三八年 七五四、九四三円 三、一二〇、九四三円 二四・一八%

三九年 五五二、六八〇円 二、四四七、四三〇円 二二・五八%

四〇年 二六〇、二六〇円 一、八四〇、二六〇円 一四・一四%

三、原判決の認定に対する検討

1 原判決は控訴人の貸付先について「小河内観光開発ただ一社のみでありしかも同社の代表取締役長棟至元が原告の夫であること」を事業性否定の理由とするがこれは誤りである。

すなわち金融業に該当するか否かを認定する基準として国税庁は基本通達九三を発令しその指導の下に各税務署は昭和四四年一月三一日まで同通達によつて金融業認定の取扱いをしていた。

右基本通達九三は

金融業に該当するかどうかはその口数、貸付金額、利率、その者の総所得金額のうち金銭の貸付による所得の金額の占める割合、その他諸般の状況を勘案のうえこれを判定すべきであるが次のような場合においては次によるものとする。

(1) 親戚友人等特殊の関係にある者のみに貸し付けている場合は金融業に該当しないものとする。但しその金額が多額(おおむね五〇万円以上)に上る場合はこの限りでない。

(2) 転貸の目的で他人から借入れた資金を貸付けている場合は金融業に該当するものとする。

とある。

これを本件についてみるに控訴人の貸付先は小河内観光開発であるがその貸付は数回あり、貸付金額は合計金五、五〇〇、〇〇〇円の多額で、前述のとおり長期に亘り利息の支払を受けていたのであるから右基本通達九三の本文によつても金融業であることは明白である。

なお、右通達は親戚友人等特殊の関係者のみに貸付けている場合は金融業に該当しないがその金額が多額(おおむね五〇〇、〇〇〇円以上)に上る場合は金融業に該当するというのであるから仮りに貸付先である小河内観光開発が右にいう特殊な関係にあたるとしても右説明のとおり貸付金が金五、五〇〇、〇〇〇円であるからその特殊関係は問題でなく金融業にあたることは明白である。

つぎに転貸の目的で借入れた資金を貸付けている場合も金融業であるとしているところ控訴人は前述のとおり本件貸付けのために金融機関から金を借り受けているのであるし、また総所得金に対する利息収入の割合も前述のとおり昭和三八年は二四・一八%、昭和三九年は二二・五八%であるからこの点からみても金融業であることは明らかである。

2 また原判決は「原告の右貸付に関する事務は夫至元が自己の貸付事務とともに高橋睦子に処理させていた程度で、もとより原告はみずからの事務所を所有したり金融業者としての届出をした者でなく、まして金融業の広告宣伝等を行なつたこともなく」という。なるほど控訴人は金融業者としての届出はしておらず特別に金融業の宣伝活動を行なつたことはないけれども夫長棟至元とともに合同印刷株式会社の事務所の一部を金銭貸付業務専用の場所として使用し、そのために採用した高橋睦子にその業務を執らせていた。同人は合同印刷とは関係なく控訴人ら個人の従業員であつた。また同人とともに高橋堅二にも個人として貸付業務を委嘱していたのであつてこれらの事実は実質的にみれば金融業としての設備を充分に備えていたものであり単に形式的な届出が欠如していたにすぎない。

貸付の期間、回数、金額、利息、右期間内における利息収入の総所得において占める割合等を考慮すれば控訴人の本件貸付行為は所得税法上の事業であることは明らかである。

3 原判決は「貸付資金は中央信用金庫駒形支店からの借入れによつているがその借入れに当り同金庫に担保を供しているにもかかわらず小河内観光開発からは担保権の設定を受けた事実がなく」というが、控訴人は債権担保のために手形の振出交付を受けているのであり、金を貸す場合担保として手形を受けとり弁済期を手形の支払期日とし弁済期が来ると手形を書き替えるということは通常行なわれる金銭貸借の方法である。この場合は無担保ではなく手形が担保となつているのである。

4 原判決は「利息収入が総所得において占める割合も昭和三九年分については一七・一%、昭和四〇年分については零である」というが控訴人の利息収入の総所得に対する割合は前述のとおり昭和三八年分が二四・一八%、昭和三九年分が二二・五八%、昭和四〇年分は一四・一四%である。

以上の点を総合判断すれば控訴人の金銭貸付行為は所得税法上の事業に該当することは明らかである。

第二、貸倒金の損金算入について

一、控訴人の小河内観光開発に対する貸金五、〇〇〇、〇〇〇円については小河内観光開発の昭和三九年八月二一日の取締役会議事録(乙第三号証)によれば小河内観光開発の債務のうち右金五、〇〇〇、〇〇〇円を含む「弐千弐百五拾万五千円に対しては参百万円の振出手形及び七百万円の現金合計壱千万円を以て長棟氏が責任をもつて返済之れが諒解させる様申し入れ有り全役員之れを承認した‥‥」とあり金一二、五〇五、〇〇〇円は放棄または免除したので右貸付金五、〇〇〇、〇〇〇円についても少くとも右と同じ割合で計算した金二、七七八、七一六円はその時貸倒れと確定した。

二、控訴人は確定申告にあたり右貸倒金を損金に算入することとし、昭和四〇年分の申告において右貸倒損金のうち金五〇〇、〇〇〇円を必要経費に算入した。

以上のとおりであるので、控訴人が昭和四〇年分所得税申告にあたり所得税法第五一項により貸倒損金五〇〇、〇〇〇円を差引いたことは当然である。

被控訴人の主張

第一、本件金銭貸付行為が所得税法の事業であるとの主張について

控訴人の金銭の貸付は、貸付先が小河内観光開発ただ一社のみに限られていて不特定多数の者に対する貸付がないうえ、当時、右小河内観光開発の代表取締役長棟至元は控訴人の夫であつて控訴人と特殊な関係にあり、その貸付期間も右長棟至元が同社の代表取締役の地位にある間の昭和三七年頃から同四〇年頃までであつたことからして、控訴人の本件貸付行為は所得税法の事業と認めることができず、したがつて、右貸付行為が非営業貸付であることは原判決の認定どおりである。以下、控訴人の個々の主張に対し次のとおり反論する。

一、控訴人は、本件における控訴人の貸付が、この点に関する国税庁長官の基本通達九三項に該当するから金融業としてなされたものであると主張されるが、右通達は、法令解釈の基準であり、昭和二六年一月一日国税庁が法律の解釈をできるだけ統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の円滑を図るとともにその取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、その解釈は法律の精神に合致するようになされなければならないことは明らかであるし、また、右通達は、金融業の定義づけをなすについて、一般的に概念の定まる金融業に該るかどうかの一応の判断資料を例示したものに過ぎない。すなわち、右通達はその前段において「金融業に該当するかどうかは、その口数、貸付金額、利率、その者の総所得金額のうち金銭の貸付による所得の金額の占める割合その他諸般の状況を勘案のうえ、これを判定すべきである。」とし、そこに一般的指針として勘案すべき諸点を例示し、次いで、その後段(一)において金融業に該当しない場合と、(二)において該当する場合をそれぞれ一応の判断資料として例示したものに過ぎない。したがつて、もとより金融業の条件は右(一)(二)につきるものと解すべきものではなく、いわんや他の諸点を一切考慮しなくてもよいとする趣旨ではないことはもちろんであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がなく失当である。

なお、右基本通達九三項は、昭和四四年一月三一日直審(所)一(例規)通達「所得税法に関する当面の取扱い(申告所得税関係)について」において、「金銭の貸付けから生ずる所得が事業所得であるかどうかの判定」として規定されたことに伴ない廃止されたが、右は、従前の取扱い趣旨をより明確にしたものである。

二、控訴人は、金銭の貸付業務を執らせるために高橋睦子を採用し、また、同人と共に高橋堅二にも個人として貸付業務を委嘱していたと主張されるが、当時、高橋堅二は合同印刷の常任監査役の地位にあり、また、高橋睦子は高橋堅二の妻であつて、控訴人の夫長棟至元が合同印刷に賃貸している建物(合同印刷の社屋)の管理人であり、右長棟至元は右高橋睦子に対し建物の管理等の報酬として給与を支払つていたもので、長棟至元が支払つた右給与は、同人の所有する右建物の賃貸による不動産所得の確定申告に際し、右所得計算上の必要経費として控除して申告しているのである。

三、控訴人は、貸付に当つては債権担保のために手形の振出交付を受けていたのであり、これは通常行なわれる金銭貸借の方法であると主張されるが、控訴人が自ら中央信用金庫駒形支店から資金を借入れるに際しては、控訴人および控訴人の家族(控訴人の夫至元を含む)の預金を担保として提供しているのであつて、一般に金銭の貸付を業とする者がこのようにして借入れた資金を他に貸付ける場合には、単に手形のみならず債権確保のために物的および人的担保を徴し、貸倒れになつた場合の次善の策を講じておくことは周知の事実である。

なお、控訴人が小河内観光開発に対して金銭を貸付けるに当つて、金銭消費貸借に関する契約書等の書類を作成した事実はない。

四、控訴人は、利息収入の総所得に対する割合は、昭和三八年分が二四・一%、昭和三九年分が二二・五八%、昭和四〇年分は一四・一四%であると主張されるが、右割合が、収入金額(必要経費控除前)を基礎として計算したものであることは乙一、二号証(確定申告書)の記載によつて明らかであるが、しかし、収入金額は所得を得るための必要経費を含んでいるのであるから、したがつて、収入金額自体は、自ら自由に処分しうる所得でないので、収入金額を基礎として計算する方法によつては所得の正確な対比はできないことは明らかである。したがつて、総所得金額のうち金銭の貸付けから生ずる所得の割合を計算する場合、収入金額から必要経費を控除した所得金額を基礎として計算すべきであり、このようにして計算した割合は、原判決の摘示どおり昭和三九年分については一七・一%、昭和四〇年分については零である(被告昭和四四年一〇月一六日付準備書面二の(三)参照)。

五、以上のように、控訴人が金銭の貸付を事業として行なう必要も実益もなかつたことは明らかであり、控訴人の右貸付は、当時、控訴人の夫長棟至元が小河内観光開発の代表取締役の地位にあつて資金繰りに苦慮し、その資金の融資あつせんに従事していたところから、その便宜を計つたもので、それを事業として行なつたものではないといわざるを得ない。

第二、本件貸付金は昭和三九年八月二一日に貸倒れと確定したとの主張について

一、控訴人は、控訴人が小河内観光開発に対して有する昭和三九年七月三一日現在の貸金合計五、〇〇〇、〇〇〇円は、昭和三九年八月二一日の取締役会において協議し、貸倒れの事実がそのとき確定したと主張されるが、しかし、取締役会議事録(乙第三号証)を見ても、その記載から明らかなように、控訴人の貸金の貸倒れが全く未確定の状態であつたことは明白であり、しかも貸付先の小河内観光開発では、確定決算において右債務を債務免除益として益金に算入していない。

二、すなわち、小河内観光開発の昭和三九年八月一日から同四〇年七月三一日までの事業年度の損益計算書(乙第四号証の三)によれば、その貸方(利益の部)に営業外収入として雑収入一六一、四八八円、受取利息八二、〇〇〇円を計上するだけで債務免除等による利益の計上は全くない。

また、右小河内観光開発の昭和四〇年七月三一日現在の貸借対照表(乙第四号証の二)においても、その貸方(負債および資本の部)に科目借入金として一三三、七八五、一八一円を計上しており、前期(昭和三九年七月三一日現在)借入金計上額が一一九、六九五、〇〇〇円であつたことからみても、免除等による減算処理を行なつていないことは明らかである。

三、したがつて、小河内観光開発では、昭和三九年八月二一日の取締役会において債務処理の決定は留保されたと判断し、控訴人らの貸金を借入債務として経理処理しているのであつて、同会社においては、その時点において、借入債務の免除等による利益の発生があつたという認識はなかつたといわざるを得ない。

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